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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)290号 判決 1995年10月26日

広島県三原市糸崎町5452番地の8

原告

合名会社黒瀬商店

同代表者代表社員

黒瀬一敏

同訴訟代理人弁理士

澤木誠一

澤木紀一

東京都品川区東大井2丁目13番8号

被告

日本ハンター・ダグラス株式会社

同代表者代表取締役

本田正道

同訴訟代理人弁理士

高月猛

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成3年審判第23528号事件について平成6年10月13日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「シェルター用パネル」とし、別紙第一図面に記載されている態様によって構成される、登録第677693号を本意匠とする類似意匠(昭和62年8月20日類似意匠登録出願、平成1年4月25日類似第1号として意匠権設定登録。以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。

被告は、平成3年12月6日、本件意匠登録を無効とすることについて審判を請求し、平成3年審判第23528号事件として審理された結果、平成6年10月13日、「登録第677693号の類似第1号意匠の登録を無効とする。」との審決がなされ、その謄本は、同年11月28日、原告に対し送達された。

2  審決の理由の要点

(1)ア  本件意匠は、願書及び願書に添付した図面の記載によれば、意匠に係る物品を「シェルター用パネル」とし、通路、自転車置場、バス停留所施設等として使用される屋外施設物の屋根部を構成するものであって、その形態を別紙第一図面に示すとおりとしたものである。

イ  これに対し、昭和53年6月7日発行の意匠登録第476846号公報(意匠に係る物品の名称は「組立て上屋」)においては、その屋根部を構成する屋根用パネルの意匠(以下、この屋根用パネルについての意匠を「引用意匠」という。)について記載されており、その形態は別紙第二図面のとおりである。

(2)  そこで、本件意匠と引用意匠とを比較すると、

ア 両意匠は、屋外施設物の屋根を構成する屋根用パネルであって、意匠に係る物品が一致する。

イ 形態については、両意匠とも、全体がパネル素子と、ストリンガーとの組合わせにより形成された長方形状の波板状のパネルであり、その組合わせ方法は、いずれも、断面を扁平な倒略C型状とするパネル素子を、山パネルあるいは谷パネルとして、交互に順次噛み合わせて山、谷の繰り返しとし、これをストリンガーによって支持して、所定の面積の波板状パネルを形成するとともに、このパネルの長手辺の片側を緩い弧状に曲げ下げ、庇状に形成したものである。以上は、意匠の基本的構成態様と認められるが、両意匠はその点において共通している。

また、両意匠の各部の具体的構成態様についても、パネル素子の断面の基本形状を、広幅の平坦部と、その両端において同一方向に曲げて向かい合う一対の弧状の立上がり部とを有する、扁平な倒略C型状とした点が共通している。

ウ 他方、両意匠の相違点としては、具体的構成態様のうち、<1>パネル素子の高さと横幅の比を、本件意匠は略1:7.5としたのに対し、引用意匠は略1:5.0とした点、<2>本件意匠が、パネル素子の中央平坦部に、パネル素子の長手方向と平行な広幅の低い凸条を一本設けたのに対し、引用意匠はそれを設けていない点、<3>パネル全体の縦と横の比を、本件意匠は略1:1.2としたのに対し、引用意匠は略1:2.0とした点、<4>ストリンガーの本数を、本件意匠は2本としたのに対し、引用意匠は5本とした点、<5>本件意匠がパネルの長手辺に端部キャップを設けていないのに対し、引用意匠はそれを設けている点において差異がある。

ェ そこで、両意匠の上記の共通点と相違点を総合して考察すると、上記の共通するとした基本的構成態様及び具体的構成態様は、両意匠の形態上の特徴をよく表すものであり、意匠の類否判断を左右する要部をなすものと認められる。とりわけ、両意匠とも、パネル素子の断面の基本形状を扁平な倒略C型状とし、その山・谷の繰り返しとともに、全体において庇状の曲げ下げ部分を有する波板状パネルを形成したという点については、強く看者の注意を惹くものであるため、意匠の類否の決定的な要素をなすものである。

これに反し、上記相違点は、両意匠の類否判断を左右する要素としては微弱なものと認められる。すなわち、

<1> パネル素子の高さと横幅の比の差異については、両意匠のパネル素子の断面における共通の態様(中央の平坦部とその両側において同一方向に曲げて向かい合う一対の弧状の立上がり部を備えた、扁平な倒略C型状)の中での比率の僅かな変更に過ぎず、特に看者の注意を惹くものではない。

<2> 本件意匠のパネル素子の中央平坦部に凸条が一本形成されていることによる差異については、その凸条が、断面を単なる台形状とした、極めてありふれた形態のものであることに加え、高さも極めて低いものであるから、凸条としての形態の印象は薄く、さほど目立たないものである。また、これを形態全体からみても、上記凸条は、僅かに線模様として視認される程度の微細なものであって、しかも、パネル全域に渡って、パネル素子ごとに繰り返し表れるものであるから、凸条の有無は、これらのパネル素子により形成される山・谷の繰り返しという両意匠に共通の特徴ある態様の中に埋没する程度の微弱な差異に止まり、それが類否判断に与える影響は僅かなものである。

<3> パネル全体の縦横の比の差異については、両意匠の比率のものはいずれも従来から広く一般化しているものと認められるから、そこにさしたる創作はなく、その差異は本件における類否判断に影響を与えない。

<4> ストリンガーの本数の差異については、建築物の屋根の下面に、ストリンガーと同種の目的を持つ母屋部材を適宜の間隔をあけて複数本設けることは、従来から極めて普通に行われていることであるから、ストリンガーの数の差がもたらす強度上の差異の点はともかくとして、意匠上は特に評価するほどの特徴のある差異とはいえない。

<5> パネル長手辺の端部キャップに関する差異については、引用意匠に設けた端部キャップの形状が、この種の物品の属する建築の分野にあっては極めて一般的なコ字形としたものであって、特に特徴のある形態とはいえず、しかも、パネルの長手辺に沿って極めて細く、線状に表した程度のものであるから、その部分を特に注視した場合はともかく、形態全体として見ると、それ程目立つものではなく、看者の格別の注意を惹くものとはいえない。

<6> そして、これらの差異点を総合しても、両意匠を別異なものとするほどの顕著な差異とはいえず、前記のような基本的構成態様及び具体的構成態様における共通点を凌駕するものとはいえない。

オ したがって、本件意匠は、引用意匠とは意匠に係る物品が一致し、形態においても、その特徴を最もよく表す意匠の要部が共通するものであるから、両意匠は類似するものというほかはない。

<3> したがって、本件意匠は、意匠法3条1項3号の意匠に該当し、その登録は同条項の規定に違反してなされたものであるから無効とすべきである。

3  審決を取り消すべき事由

「審決の理由の要点」のうち、(1)イについては否認し、(2)エ<2>、オ、(3)については争い、その余は認める。

審決は、本件意匠の要部の認定を誤り、本件意匠が、パネル素子面に形成された凸条により、看者に対し引用意匠とは異なる美感を与えるものであることを看過して、両意匠が類似すると誤って判断したものであって、違法であるから取り消されるべきである。

(1)  審決は、本件意匠における凸条がほとんど目立たない程度のものであり、その有無が意匠の類否判断に与える影響は僅かなものであると認定判断している。

しかしながら、本件意匠及び引用意匠におけるパネル素子はいずれもストリンガーを介して組み合わされたものであり、その状態では、端部の形状は外部から全く見えなくなる。また、パネル素子は、上記のとおり組み合わされた状態をもって屋根等の板状体を形成するものであるから、両意匠の美感は、あくまでもパネル面についての平面的なものが主となる。したがって、パネル素子の面に凸条が存在するか否かは、パネル素子を識別するための大きな拠り所となる。

更に、この種シェルターパネルにおいての最大の弱点は、パネル素子の幅がある程度大きくなれば、風が強く吹いたときに、特に山パネル素子が変形し、ストリンガーの溝から剥がれてしまうことである。本件意匠におけるパネル素子の平坦部の凸条は、単に美感のみならず、これによってパネル素子の変形を阻止し、剥がれるのを防止する役割をも有し、これは一種の機能美もいえるものである。

需要者において、パネル素子のこのような機能をも十分考慮しながら購入を決めることは自然であり、この凸条部分も意匠の要部であると認められる。

(2)  また、審決は、両意匠のパネル素子により形成される山・谷の繰り返しの形状が「両意匠に共通の特徴ある態様」であるとするが、上記形状が意匠における「特徴ある態様」に当たるものではない。このことは、引用意匠と同一の山・谷の繰り返しを形成するパネル素子よりなる組立て上屋が登録第476845号意匠として登録されていることから明らかである。したがって、審決が、パネル素子における凸条の有無について、「両意匠に共通の特徴ある態様の中に埋没する程度の微弱な差異に止まり」とすることは誤りである。

(3)  更に、審決は、本件意匠におけるパネル素子の凸条が「さほど目立たないものである」と認定するが、凸条の有無によりパネル素子を明らかに区別することができる。また、上記凸条によって、本件意匠についての別紙第一図面の平面図及び底面図に示されるような多数の線模様が視認されるのであり、このことからも、凸条の有無が「両意匠に共通の特徴ある態様の中に埋没する程度の微弱な差異に止まり」ということはできない。

(4)  以上のとおりであるから、上記凸条部分を有する本件意匠は、これを有しない引用意匠とその美感を異にするものというべきであり、両意匠を類似とした審決の認定判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び同2(審決の理由の要点)の事実は認める。

2  同3(審決を取り消すべき事由)は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

組み合わされた状態におけるパネル素子の端部の形状は、例えばそこに端部キャップ等が施されない限り、外部に対して露呈している。したがって、パネル素子の「端部の形状は外部から全く見えなくなる」ということはない。

しかしながら、問題は、本件意匠における個々のパネル素子の端部の形状よりも、「シェルター用パネル」において、複数枚のパネル素子がストリンガーに組み合わされた結果、パネル端部に表わされる山・谷の繰り返しという特徴ある形態が看者の注目を惹き、個々のパネル素子の端部の形状はその中に埋没してしまうということである。

そして、パネル素子それ自体が本件意匠の対象ではないので、原告主張のように、パネルを平面的に見るならば、板状体のパネル、すなわちある面積を有する「長方形状の波板状パネル」全体を見ることになる。そうすると、審決の認定のとおり、パネル素子における凸条の有無が意匠の類否判断に与える影響は僅かなものというべきである。

また、原告の主張するように、風圧その他に対する補強のため、パネル素子の風圧を受ける部分に凸条を設けることは、いわば周知慣用の技術に属することであり、格別の創作性はなく、更に、パネル素子に凸条を形成するとともに、その断面を単なる台形状とすること自体、ありふれたことである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1及び2の各事実(特許庁における手続の経緯、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第10号証(意匠公報)によれば、引用意匠は、意匠に係る物品を「組立て上屋」とする同公報記載の意匠の屋根部を構成している意匠であって、物品を「屋根用パネル」とするものと認められるから、両意匠はその意匠に係る物品が一致することが明らかである。なお、引用意匠の形態が別紙第二図面に記載のとおりであることは、前出甲第10号証により認められる。そして、両意匠の基本的構成態様が審決認定のとおりであり、その具体的構成態様のうち、パネル素子の断面の基本的形状についても審決認定のとおりであって、それらの点で両意匠が一致すること、両意匠のその余の具体的構成態様については、審決において認定するとおりの各相違点が存在すること、それらの相違点のうち、本件意匠におけるパネル素子の中央平坦部に凸条が形成されている点を除いた各差異の、意匠の類否に及ぼす影響に関しては審決における認定判断のとおりであることについても当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

(1)  本件意匠と引用意匠とは、パネル素子とストリンガーとの組合わせにより波板状パネルを形成する等の基本的構成態様及びパネル素子の断面を扁平な倒略C型状とする等の具体的構成態様の一部をいずれも共通にするものであり、かつ、それらが、意匠の類否判断にあたっての、要部を構成するものであることについては当事者間に争いがない。

(2)  これに対し、原告は、本件意匠におけるパネル素子面に形成された凸条も意匠の要部というべきであり、引用意匠はそれを欠くものであるから、両意匠は異なる美感を与えるものであると主張する。

そこで、本件意匠がパネル素子に審決(2)エ<2>認定の凸条を有するのに対し、引用意匠がこれを有しない点が、原告の主張するとおり意匠の類否判断に影響を及ぼすものであるか否かについて検討するに、成立に争いのない甲第2号証及び乙第6ないし第16号証によると、一般に、パネル面上に低い台形状の凸条を形成することは、本件意匠登録の出願当時、意匠として新規なものではなく、むしろ目につくことの多いありふれた形態というべきものであったこと(なお、意匠の類否判断にあたっての上記新規性は、類似意匠登録についても、その出願時を基準に検討すべきことは当然である。)、また、本件意匠におけるパネル素子は長さ約3メートル、幅約18センチメートルのものであり、凸条は、その幅面中央部の約3分の1程度の部分を凸条の上辺として、長手方向に沿って細長く台形状に折り曲げて形成されたものであるが、凸条の高さはパネル素子の素材の厚さ程度の極めて低いものであるため、凸条はパネル素子の中央部に扁平に形成された条溝程度のものにすぎないことが認められる。

以上認定の事実に、上記甲第2号証及び前出甲第10号証によると、両意匠に係る物品は、脚柱等と組み合わせて、屋外におけるバス停留所、カーポート等の上屋等として使用されることをその用途とするものであり、そのための物品として全体が観察されるものであることが認められることをも考慮するならば、原告主張の写真であることについて争いのない乙第12、第13号証を考慮しても、本件意匠における各パネル素子の凸条は、パネル全体の形態からみて、看者に対し、格別の強い印象を与えるものとは認め難いものといわざるをえない。

そうすると、両意匠の要部は、審決認定のとおりの、基本的構成態様と具体的構成態様のうちのパネル素子の断面の基本的形状にあり、パネル素子に上記凸条を有するか否かの相違点は、パネル素子により形成されたパネル全体としては、原告が主張する凸条の機能の点を考慮しても、その有無がもたらす美感の差異は僅かなものであり、これが両意匠の類否の判断に影響を与えるものではないというべきであるから、意匠の要部を構成するものと認めることができない。

原告は、パネル素子により形成される山・谷の繰り返しの形状が特徴のある態様でないことは、引用意匠と同一の山・谷を繰り返して形成する組立て上屋が登録第476845号意匠として登録されていることから明らかである旨主張するが、前出甲第10号証及び成立に争いのない甲第11号証によれば、引用意匠と上記意匠とは、原告主張の点においては共通するものの、そのことから直ちに山・谷の繰り返しがこの種意匠の特徴ある態様であることを否定する理由となるものでなく、これらの意匠は、その他の要部とする構成において形態を異にし、異なる美感を与えるものとして登録されたものと認められるから、このことは以上の認定事実に何ら影響するものではない。

(3)  以上のとおりであるから、審決が両意匠をもって類似するとした判断には原告主張の誤りはないものというべきである。

3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙第一 本件登録意匠

意匠に係る物品 シェルター用パネル

説明 左側面図は右側面図と対称のため省略する。

<省略>

別紙第二

意匠に係る物品 組立て上屋

説明 左側面図は右側図と対称にあらわれる。

<省略>

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